抗リン脂質抗体症候群とは
抗リン脂質抗体症候群(APS)とは、血液中に抗リン脂質抗体が検出され証明され、動脈や静脈の血栓症(脳梗塞、肺梗塞、四肢の静脈血栓症など)を起こしたり、早産・死産および習慣流産などの妊娠合併症を起こす疾患です。
疫学(患者数、男女比)
1998年の全国調査では約3,700人の患者さんが確認されていますが、現在本邦の患者数は約1~2万人と推定されています。
近年の欧州で行われた 調査では膠原病の一つである全身性エリテマトーデス(SLE)の約10%がAPSを合併している(続発性APS)と推定され、何も基礎疾患のない患者さん(原発性APS)がSLEに伴う続発性APSと同等数いると推定されています。日本のSLE患者さんは約50,000人と推定されており、続発性APSが5千〜1万人と指定され、さらに原発性APSも同程度の5千〜1万人と考えられます。
合わせて推定患者数は 1万〜2万人と考えられています。
男性と女性の患者比率は、1~2:8~9で圧倒的に女性に多い疾患です。
分類
膠原病(特にSLE)などに合併し、抗リン脂質抗体が検出され血栓症や妊娠合併症を起こす続発性APS(SAPS)と、基礎疾患がなく突然抗リン脂質抗体が検出され血栓症・妊娠合併症を起こす原発性APS(PAPS)に分類されます。
また、抗リン脂質抗体が検出された患者さんが、短期間に腎臓を含む3つの臓器の血栓症を起こし不幸な転機をとる劇症APS(CAPS)という特殊なタイプもありますが、CAPSは非常に稀な病態です。
原因
なぜ血栓症や妊娠合併症を起こすのかは、まだ充分に分かっておりません。血栓症に関しては、抗リン脂質抗体が血管壁にある細胞(血管内皮細胞)や血液中の白血球(単球)に刺激を与え、これらの細胞上で血栓(フィブリン)形成を促進する組織因子の発現増加が一つの機序として説明されています。
抗リン脂質抗体
APSで検出される抗リン脂質抗体は、リン脂質に結合した蛋白質(β2GPIやプロトロンビンなど)の複合体を認識する自己抗体の総称です。
β2GPIは血液中に存在するアポリポ蛋白質、プロトロンビンは凝固第II因子でトロンビンの前駆体です。代表的な抗リン脂質抗体は、抗カルジオリピン抗体(aCL)、抗β2GPI抗体(aβ2GPI)、およびループスアンチコアグラント(LA)です。aCLと aβ2GPIは酵素免疫測定法(ELISA)という検査方法で測定されます(ELISA-aPL)。
一方、LAは血液凝固時間の延長で測定されます。これらの抗リン脂質抗体は血栓症の危険因子とも考えられており、抗リン脂質抗体が検出された場合は血栓症に注意しなければなりません。
これ以外にも抗リン脂質抗体は様々あります。ホスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体(aPS/PT)は血栓症などのAPS症状に大変良く相関します。また、産婦人科領域では抗ホスファチジルエタノラミン抗体(aPE)が臨床症状に相関します。
抗リン脂質抗体所症候群の症状
APSで認められる症状で最も多いのは深部静脈血栓症(DVT)であり、次いで虚血性脳梗塞(一過性脳虚血発作も含む)、血小板減少症,妊娠合併症です(表1)。
急性心筋梗塞は比較的少なく、この傾向は本邦においても欧米と同様です。妊娠合併症では胎児の不育症が主症状であり、妊娠10週以降の胎児死亡や34週未満の早産を認めます。さらに、抗リン脂質抗体関連症状(表2)もAPSの症状として考慮されます。僧帽弁閉鎖不全症などの心臓弁膜症、舞踏病や偏頭痛などの神経症状、網状皮斑などの皮膚症状、および血小板減少症などです。
特に抗リン脂質抗体関連血小板減少症は注意が必要で、抗リン脂質抗体陽性者において10万/µL以下の血小板減少が12週間離れて2回以上確認された場合に診断されますが、抗リン脂質抗体陽性者の特発性血小板減少性紫斑病(ITP)との鑑別が難しくなります。抗リン脂質抗体関連血小板減少症では、血小板減少に対する治療により血小板数が増加すると血栓症をきたすことがあります。
(表1)抗リン脂質抗体症候群(APS)の臨床症状 | |
深部静脈血栓症 | 38.9% |
血小板減少症 | 29.6% |
脳卒中 | 19.8% |
肺塞栓症 | 14.1% |
一過性脳虚血発作 | 11.7% |
溶血性貧血 | 9.7% |
てんかん | 7.0% |
急性心筋梗塞 | 5.5% |
(表2)抗リン脂質抗体関連症状 |
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抗リン脂質抗体症候群の診断
APSの確定診断は、APS分類基準(Sapporo Criteriaシドニー改変、表3)が用いられます。
すなわち、少なくとも1つの臨床所見と1つの検査所見が確認できた場合をAPSと診断します。我が国では検査項目に保険収載の縛りがあるため、現在は分類基準に合わせた診断は難しいです。便宜上ですが、外注による保険収載を考慮した抗リン脂質抗体を測定する手順を図1に示します。もしAPS分類基準に応じた正確な診断を行うなら、APSの研究を専門に行っている研究機関に依頼することをお勧めします。私どもの研究会(APS-WS)でもご依頼があればご協力致します。
少なくとも1つの臨床所見と1つの検査所見が確認できた場合を APSと判断する。 |
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(臨床所見、検査所見が12週間以内または5年以上の間隔で検出された場合はAPSと判断しない) |
(図1)
抗リン脂質抗体症候群の治療
APS分類基準では最低12週間の観察期間が必要とされるため、治療開始基準としては適切ではありません。臨床所見に加え1度でも抗リン脂質抗体が確認された場合には治療を考慮することをお勧めします。
APSは自己免疫性疾患の仲間ですが、ステロイドや免疫抑制薬は劇症型APSなどの特殊な場合を除いては使いません。血栓症急性期では、組織プラスミノゲンアクチベータ(tPA)などによる血栓溶解療法(線溶療法)、ヘパリン類(未分画へパリン、フォンダパリヌクスなど)による抗凝固療法を行います。慢性期には、ワルファリンなどによる抗凝固療法やアスピリンなどの抗血小板薬による再発予防(二次予防)が中心となります。動脈血栓症の再発予防には抗血小板療法も効果的です。APSは血栓症の再発率が高いため、十分な抗血栓療法が必要です。
抗リン脂質抗体があっても臨床症状のない場合は、通常は経過観察ですが、妊婦や手術後患者においてはヘパリン療法が考慮されることもあります。
参考文献
1) Miyakis S, Lockshin MD, Atsumi T, et al. International consensus statement on an update of the classification criteria for definite antiphospholipid syndrome (APS). J Thromb Haemost 2006; 4: 295-306.
2) Cervera R, Boffa MC, Khamashta MA, et al. The Euro-Phospholipid project: epidemiology of the antiphospholipid syndrome in Europe. Lupus 2009; 18: 889-893.
3) Pengo V, Tripodi A, Reber G, et al. Subcommittee on Lupus Anticoagulant/Antiphospholipid Antibody of the Scientific and Standardisation Committee of the International Society on Thrombosis and Haemostasis.: Update of the guidelines for lupus anticoagulant detection. Subcommittee on Lupus Anticoagulant/Antiphospholipid Antibody of the Scientific and Standardisation Committee of the International Society on Thrombosis and Haemostasis. J Thromb Haemost. 2009; 7: 1737-1740.
4) Lim W, Crowther MA, Elkelboom JW, et al: Management of antiphospholipid antibody syndrome: a systematic review. JAMA 2006; 295: 1050-1057.